あふぇりえいと

2009年12月9日水曜日

高島市(滋賀) 水田 再び魚の楽園に

高島市(滋賀) 水田 再び魚の楽園に

夕暮れの琵琶湖に立つ白鬚(しらひげ)神社の大鳥居。岸辺に波が静かに打ち寄せる(高島市で)

 「なれずしの起源は水田稲作と関係がある」と民族学者の石毛直道さんは語る。東南アジアでは雨期に川の水が田へとあふれる。「水が引く際に大量に捕れる魚の保存法として、なれずし作りが始まった」という。

 琵琶湖周辺でも、かつて似たことが起きていた。「昔は春先にコイやフナが産卵のため田んぼに上ってきていたんです」。針江地区の農家、石津文雄さ ん(61)はいう。餌となるプランクトンが豊富で外敵が少ない水田は、稚魚が育つには最適の環境だ。だが1960年代後半から、農業機械を使えるよう水田 をかさ上げし、「水路との間の落差が大きくなって、遡上(そじょう)できなくなった」。

 ふなずしの材料になるニゴロブナが減った原因としては、外来魚のブラックバスやブルーギルによる食害が有名だ。水田の乾田化や、湖岸のヨシ原が埋 め立てられたことで、産卵場所が減ったことも大きい。その結果、琵琶湖のフナ類漁獲量は65年の1104トンから、2007年には95トンにまで激減し た。

 魚が産卵できる水田を取り戻そうと、県は06年度から「魚のゆりかご水田プロジェクト」を本格的に始めた。石津さんも参加農家の一人。水路に板をはめてせき止め、水位を10センチずつ上げて田んぼの高さまで階段状につなぎ、魚が遡上できる魚道を造る取り組みだ。

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